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クリスマスの約束2010

10年目であるにもかかわらず、今年のクリスマスの約束は全く楽しくなかった。小田和正の番組なのにわけのわからない歌手ばかりいて。
その中でも聞けるというか懐かしいと思った曲は、ガロの『美しすぎて』とハイファイセットの『冷たい雨』。
これは1972年発売のA面『美しすぎて』とB面『学生街の喫茶店』のEPレコードジャケット。OH MY God!って懐かしいと思われる方もいると思う。当時EP盤が500円、LP盤が1980円ぐらいだった。
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ガロと言えば『学生街の喫茶店』以上にいいはこの『一枚の楽譜』。多分ベスト曲ではないだろうか。左から日高富明(愛称(トミー)、大野真澄(愛称(ボーカル)、堀内護(愛称(マーク)。ほとんどガロは大野真澄が歌っているが、この曲だけは、トミー。
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ハイファイセットと言ってもボーカルの山本潤子が出演して『冷たい雨』を歌っていた。もともとこの曲は、ユーミンの作詞作曲。
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やはり彼女にはこの曲『フィーリング』を歌って欲しかった。
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フィーリングといってもこちらサーカスの『アメリカンフィーリング』が、これも名曲。
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日本空襲アーカイブ:1944年11月24日B-29作戦任務第7号

前回紹介した日本空襲アーカイブの中で米軍側資料を閲覧していたら第73航空団497爆撃群所属のB-29の作戦任務なるレポートがあった。
1944年11月24日、作戦任務第7号(爆撃目標:東京-中島飛行機武蔵製作所、、第73航空団から出撃111機、損害1機(497爆撃群 870爆撃中隊 機体番号42-24622、A Square 26)。

飛行機マニアとして興味あるのは、約80ページに及ぶ戦闘詳報の中で、東京上空で展開されたB-29と日本機の空戦記録。
最初は、攻撃してきた日本機の機種、攻撃パターン、マーキング等を示したレポート。   機種であるが、Tojo(2式戦鍾馗)、Tony(3式戦飛燕)、Zero(ゼロ戦)、Nick(屠竜)と他にJack(雷電)、Irvine(月光)Oscar(隼)。
ゼロ戦、月光、雷電など海軍機は、厚木基地の302空、飛燕は調布基地の244戦隊、鍾馗は成増基地の47戦隊、屠竜は松戸基地の53戦隊。
他に、未確認機種としてイギリス空軍のモスキート戦闘爆撃機に似たようにとあるが、これは302空の銀河と思われる。ドイツ空軍のJu-87とあるがこれは間違いなく勘違い。またBetty(1式陸攻)、Rufes(二式水戦)までも。
最後の箇所で、ドイツ空軍と同じハーケンクロイツを付けた戦闘機とあるが、これはメッサーシュミットME109と外見が似ている飛燕と思われる。また胴体に黄色のバンドとあるが、これは、53戦隊の屠竜。カウリングに赤色とかるが、これは47戦隊の鍾馗。
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これは、その時撃墜された26番機への攻撃とその墜落状況を、輪形陣を組んだ同じ870中隊所属の22、25、28番機からみたレポート。 12時40分、1機の月光が3時方向から攻撃をかけ3番エンジンから火災発生、がすぐに鎮火。12時45分、1機の鍾馗が4時方向から攻撃をかけて右水平尾翼に激突。そのまま2機はスパイラル状態で海上に墜落。パラシュートは確認できず。
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このダイアグラムは、体当たりしてきた戦闘機の進入方向を赤線で描いてある。Discussionでは、観察によると、パイロットは死亡後体当たりしたとある。が実際、日本軍がこの時すでにB-29に体当たりを敢行する震天隊を各戦隊に編成していたことを米軍は、把握していなかったかも知れない。
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これが撃墜された26番機の搭乗員たち。機長のSam P.WAGNER中尉(前列中央)以下11名全員戦死。
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日本側の資料と照らし合わせてみると、この体当たりした機体は東京練馬成増基地から離陸した奥田少佐率いる47戦隊所属の鍾馗。体当たり戦死したパイロットは見田義雄伍長。
これは、その日成増基地を離陸する2機の鍾馗。47戦隊の山鹿流陣太鼓マークがコクピット横に微かにみえる。日本ニュースカメラマンが撮影したもの。
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またこの日、同じ震天隊として出撃し体当たり直前に自爆した53戦隊の屠竜パイロット入江伍長については、1981年6月13日放送NHKの歴史への招待 「B-29に体当たりを敢行せよ、昭和19年」をみていただければわかる。NHKデマンドで観れます。

現在、このサイトの資料としては497爆撃群その他と少ないが、今後第20空軍所属の航空団のすべての記録を閲覧できるようになるかもしれない。個人的には、B-29を護衛して本土上空を暴れ回ったP-51ムスタングの戦闘詳報も載せてほしい。






HDカメラ座談会 Vol.8 第三部 キャノンXF105編

生で観たけど第三部 キャノンXF105、結構面白かったわ!月刊アームズマガジンの表紙によく出る女の子も出演していたし。



内部マイクの性能がよくないらしい。やっぱりソニーのA1Jの後継機種が気になってTwitterで質問したらキャノンを買っても損はないと言っていたけど、両方比べてからでも遅くない。


2011 アメリカ 航空ショー 予定。

2011年の航空ショー予定が、発表になった。来年はアメリカ海軍航空隊創設100周年にあたり各海軍基地において数々のイベントが行われる。http://www.aero-pix.com/schedule/schedule.htm
主に撮影に行ってみたいところは下記の通り。

3月

12 NAF El Centro Air Show  NAF El Centro, CA

19-20 Thunder in the Desert - Luke AFB 70th Anniversary Airshow Luke AFB, AZ

4月

30-1 Beale AFB   Beale AFB , CA

5月

14-15 Planes of Fame Airshow Chino, CA

6月

4-5 Rockford AirFest 2011  Greater Rockford Airport , IL

18-19 Quad City Air Show   Davenport Municipal Airport , IA

7月

30-31 Travis AFB Travis AFB , CA

8月

6-7 Seafair 2011 Air Show Lake Washington, Seattle, WA

13-14 Fargo AirSho 2011 Fargo Hector Int'l Airport, Fargo, ND

9月

3-5 Cleveland National Air Show Burke Lakefront Airport Cleveland, OH

10-11 Guardians of Freedom Air Show Lincoln Airport, Lincoln, NE

24-25 Hill AFB Hill AFB , UT

10月

1-2 MCAS Miramar Air Show MCAS Miramar, San Diego, CA

8-9 San Francisco Fleet Week Air Show Waterfront San Francisco, CA

15-16 Central Valley Lemoore Air Show NAS Lemoore, CA

12月

6-7 真珠湾攻撃70周年式典。

やはり注目は、西海岸で最大の海軍航空隊の Lemoore基地で予定の久々のショー。キャンセルがないことを望む。また世界で唯一飛行可能なB-29が観られるが、どこかは現時点では不明。是非、撮影してみたいものだ。

日本空襲アーカイブ。

ついに出てきました貴重な戦時中の日本空襲記録。これは2人のアメリカ人による丹念に集められた資料を基に作られた証言記録である。まだ完璧ではないが一見の価値あり。
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Photographの中には初公開のものもかなりある。
アメリカ第20空軍初代司令官はこのハンセル准将。日本地図上の東京を差している。彼の爆撃方針は、あくまでも軍事施設のみの精密爆撃であったが日本上空のジェット気流等の原因でその目的を達成できないまま1945年1月6日更迭され、後任のルメイ少将による無差別爆撃が始まることに。
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マリアナ基地から離陸するB-29。尾翼のマーク「A Square 49」から見ると第73航空団第497爆撃大隊所属の49号機。
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1944年11月24日、マリアナ基地のB-29による日本本土初の攻撃目標は、東京都武蔵野市にある中島飛行機エンジン工場。高度1万フィートから撮った写真だが、実に精細だ。現在ここは武蔵野中央公園になっている。
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1945年3月10日、東京大空襲の翌朝、偵察機によって撮影された焦土と化した東京下町。攻撃目標であった右下の荒川と墨田川に囲まれた地域からは白煙りが上がっている。真ん中に皇居、そしてはるか遠方には富士山がみえる。
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もし1945年8月9日、上空が雲に覆われてなかったら、間違いなく第二目標の長崎でなく、この小倉に落ちていた原子爆弾。この写真でみるかぎりまったく爆撃も受けていない状態だ。
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終戦直後に撮られた現米海軍厚木基地。2機のダグラスC54輸送機が見える。この写真からみると本土防空戦で活躍した日本海軍302航空隊の基地であったにもかかわらず滑走路、格納庫と全く被害をうけていないことは不思議。手前は現在も米空母ジョージワシントンの艦載機が使用しているメイン滑走路。また当時基地周辺には何もなっかようだが、今は写真右下には東名の海老名サービスエリアがある。
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以上、証言記録(兵士たちの戦争)、NHKスペシャル等の戦争ドキュメント番組では必ず名前が出てくるアメリカ東部メリーランド州カレッジパークにあるNatinal Archives (国立公文書館)。そこにある軍事資料がそのまま閲覧できるので戦史研究家には非常に役立つサイトである。




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